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佐賀地方裁判所 昭和34年(わ)207号 判決

被告人 西首与八

明三一・一一・一八生 農業

主文

被告人を懲役六月に処する。

但し、この裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十年一月頃から同三十二年一月頃までの間佐賀市鍋島町大字鍋島の鍋島生産組合長として、同組合の業務一切を統括していた者であるが、昭和三十年六月十五日頃佐賀市役所鍋島支所から、右生産組合に対する昭和二十九年度自給肥料増産奨励金として金六千四百二十円の交付を受け、業務上保管中その頃これを擅に着服して横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は(イ)被告人は鍋島生産組合の業務一切を統括するもので、別に会計係がおり本件奨励金を業務上保管したものでない。(ロ)会計帳簿自体の記帳も疑わしく被告人主張の支出関係が正当である旨主張するので、この点につき順次検討を加えるのに

第一、被告人の当公廷での供述(第六回公判)証人古川樟夫及び同今泉鉄雄の当公廷での供述によると、なるほど鍋島生産組合員五十余名で、その経費は主に共同耕作田の収入を以て充てゝいたのであるが、以前にはその収支関係が明確でなかつたので昭和二十九年から会計簿を設け、会計係を選んだことが認められるが反面、右各証拠によつてもそれまでには組合長が金銭の取扱まで行つていたこと会計係選任後でも会計係には支出に関する特別の審査権がなく、組合長から云われるまゝに金銭の出納などの事務上の取扱をしていたにすぎず、従つて、その組合長の補助としての立場は極めて弱く、むしろ金銭保管上の支配関係はなお組合長に在つたと見られる。のみならず、たとえ同組合における一般の金銭に対する占有が組合長になかつたとしても、前掲各証拠によれば組合長自身判示の如く同組合に対する交付金を受領した以上これを責任ある会計係に引渡すまで、これを保管するのはその業務上における当然の義務であつたと認められる。

第二、ところで、他人の金銭を保管する者において、その処分経過につき合理的に満足な説明を与え得ないときは、特段の事情がない限りこれを擅に自己の目的に処分したものと不利益に事実の推定を受けるの外はない。これを本件について見るのに、(イ)被告人の当公廷での供述と押収の証明書(押第一号)により、被告人が昭和三十年六月十五日頃前記交付金を受領したことは明白であるのに会計帳簿(押第二号)には該収入の記載がない。尤も、右帳簿自体その形式的な記帳の仕方や会計係の能力等から見て、これに或いは記帳洩れ等があり、その正確性に或程度の疑点は考えられないでもないが、それでも右受領額を会計係に引渡した事実は被告人の当公廷での供述や前掲の他の証拠でもこれを肯認できない。(ロ)次に被告人は本件交付金を組合員の北山ダム見学費用、麦検見の接待費等一万九千五百余円の内金として使用した旨弁疏しているけれども、(1)古川樟夫の検察官に対する供述調書及び貯金通帳(押第三号証)によれば、右北山ダム見学費として会計係より昭和三十年八月十二日金一万円、同月二十二日金三千五百円、計一万三千五百円が支払われていることが明かである。(2)そうして、麦検見の費用として会計帳簿(押第二号)には昭和三十年一月の支出の次に金五百八十円の記載があり、その日時の記載がないので、果してその目的のために何時頃どれだけの支払がなされたか明確でないけれども、該帳簿中における昭和二十九年、同三十一、二年中の麦、米等の検見関係費用の記載に、前記証人古川樟夫、同今泉鉄雄の各供述を綜合すれば例年二千円を超えることは尠なかつたことが認められるのであつて、この点に関する証人今泉鶴次、同甲斐政江、同今泉儀六の各供述を前掲各証拠と対照すれば直ちに右弁疏を裏付ける資料となし難い。(ハ)却つて、これらの証拠から、麦の検見は例年五月中旬頃で其頃支出がなされているのに、被告人が本件奨励金を受取つたのは六月十五日頃であるから、これを以て検見の費用に充てたとなすのも、八月のダム見学費に充てたとなすのも、その日時にあまりの矛盾がある。(ニ)前掲各証拠によれば、被告人の本件交付金充当に関する弁解が組合で問題とされてより、次々に変り、殊に北山ダム見学費用が捜査官の取調の際より公判廷での金額が多額になり、麦検見の費用に到つては公判廷において初めて主張せられるに至つた変遷の経過の窺われる本件においては結局以上を綜合し、被告人の前記弁疏も極めて疑わしく、従つて、弁護人の主張を容れ難い。

その他判示の認定に合理的疑を挿さむべき資料がない。

(適条)

刑法第二百五十三条

同法第二十五条第一項

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

なお、情状について考えるのに、被告人の当公廷での供述、その司法警察員に対する供述調書によつて窺われる本人の経歴、年令、家庭資産状況に、本件が問題とせられるに至つた従前の被告人、鍋島生産組合間の調停事件取下の事情等を考察すると、被告人は本件犯行につき否認の態度をとつているが、被害弁償等については後日これを民事的な手続に俟てば足り、直ちに実刑を課するまでの要がない。よつて、主文のとおり刑の執行を猶予するものとする。

(裁判官 松本敏男)

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